韓 丘庸





藤井れい子詩集『とかげの木』を読む


 松山市の西南部を斜めに横切り、松山城を取り囲むように伊予鉄道が突っ走る。わたしのマンションは北高校前の鉄砲町にあった。学校が引けるとその次の停留所の清水町へふらっと出向く。そこには行きつけの<味の里>という60手前の朴訥な顔をした親父さんがかわいい奥さんと二人でやっている居酒屋があり、暮れの6時を廻ると、必ずどこかの学部の連中が来ていて賑わっている。
 わたしも主に経済学部の連中と口実をつけて居酒屋外交をやった。
 この<味の里>の路地裏を出たところに、松山が生んだ有数の詩人で、四国文学の発展に寄与した日本現代詩人会の山本耕一路(1906生)氏の生家がある。山本先生に就いては店の親父から丁寧にいろいろな話を聞かされた。
 彼は1963年に詩集『岩』を出して以来『壁をくわえた海』『蒼い淵』『森の織り糸』と背力的に活動を続け、「詩芸術」同人で活躍しながら自も「野獣」を主宰多く後輩を育てた。
 彼のいう<詩はその人の鏡である>という言語的絵画の抒情と冷やかに不必要な表現を排除した英断はそのまま藤井れい子の詩集『とかげの木』にも一つの潮流としてしっかりと裏打ちされているように思われる。詩には難解な言葉であっても意味は単純であったり、またやさしい表現であっても意味慎重な言葉もある。
 『とかげの木』は決して豪華本で目立つものではなく、装丁も地味である。作者が童話作家であるという先入観でみればともかく、突き放して斜眼的に別の照射からみると、確かに詩人としてのもう一つの顔が浮かんでくる。
 7年間の歳月の流れに支えられ、その時々の思いが第1章の「コスモスの花」から第6章の「ガラス磨き」まで、6つのセクションに26篇配列されているが、恰も時間が同じ位置で足踏みしているようで、7年間同じリズムをずっと手操り寄せていたと言うところが読者に極端な違和感を与えないこの作者の武器でもあろう。
 少女は/砂浜えをかける/波が素足を洗い/耳の穴を風がぬけて行く(ギリシャの海)
この作品集にはリアルとファンタジーが混在していて、表題の散文詩「とかげの木」「紫水晶」をはじめエトルリアを詠った「使者の町」、パリの「敷石」等々、素材は多岐に亘っていて、作者の詩文世界の地平の広がりを見せてくれる。
 殊にイタリアでの生活が長い影響もあり、地中海の太陽の光を燦燦と浴びる開放的なラテン民族との交流の中で日本の生活文化のもつ古くからの「日本固有の閉塞感」は無く、各作品どれをとってみてもグローバルな中に孤独な詠嘆があり、人間の「生きる」源泉を両手で突き放したところでその抒情を拾っている。
 ともあれ、作者が「童話作家」と「詩人」の一元化した顔を作品の片鱗にみせていることは、それだけでも童話の創作において充分に生かしうる豊かな可能性を秘めていると言えるのかも知らない。







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