韓 丘庸





「ゴーリキイの最後」(Ⅱ)


 わたし達は、真実にも事実にも多面性があるといいながら、その真実の時代的背景や、当時の為政者の判断や、主観的陳述、客観的事実、またそれらを支える勢力側の圧力など様々な要因によって、より真実に近づこうとするし、そのために逆に「真実」が歪曲されて伝えられ、信じ込まされていることが多い。国家機密を厳重統制の中の不透明さは8月の<翻訳時評>で述べた。
 しかし、その中でも1954年にカナダ総督賞受賞作品で、アメリカでも大きく話題になったイーゴリ・グゼンコの『ゴーリキイの最後』(The Fall of a Taitan)(砂糖亮一・訳、朋文社、56刊)はそのままマクシーム・ゴーリキイの晩年を詳細にそして壮絶に語っていて興味深い。
 当時の毎日新聞は「個人とその自由を抹殺するソ連強権主義の実態を生々しく描いている。著者が体験を潤色して、レーニンからスターリンへ引き継がれたころのソ連の内情をパノラマのように広げたのが本書だ」と指摘している。
 もちろんこの作品は、ゴーリキイの全生涯を語っているものではないが、以前からゴーリキイの死に就いて疑問を持ち、彼の影を追ってきたその「執拗」の成果である。
 物語は悠々と流れる静かなドン川畔からはじまり、向こう岸に流れ着くまでの人間像を幾重にも絡んだ藻屑のように描きながら流れていく。
 党の秘密諜報機関員で、科学アカデミー会員でもあり、ロストフ大学の若いヒョウドル・ノヴィコフ教授がゴーリキイの工作のため美人の令嬢ニーナに近寄り、恋愛に陥りながらこれを踏みにじり、スターリンやベリアの指示で冷酷な陰謀の渦に巻き込んで行く。ゴーリキイは「この地上には人間より尊いものは無い」と一貫して「人間学」を主張してきた。彼は党の不正と暴力に敢然と立ちはだかるが、無残にも若い教授に撲殺される。そのクライマックスに向けての緊迫感は戦慄すら覚える。
 せめてもの救いは、ノヴィコフ教授の弟である大学生のニコライと、工場長の娘で女子大生のリーダの恋愛は、鬼気迫る事件の続出の中にあって、「野の花のような可憐さ、太陽の明るさ、ドン川の美しさ、人間としての暖かさ」を見せてくれるロマンチックパーソナリティである。
 ソヴェト政権が崩壊して15年になる。今までの文学史の編纂が、年代的にソヴェト政権を配慮して疑問符をかけて伏せたことは「国家」に対する内政不干渉の中での<極秘>の選択として、その事情は理解できる。しかしゴーリキィが国家の「暗黒」の中で撲殺されたことが、単なる個人の怨恨に依る殺人事件として処理されたことは、この配慮こそソヴェト文学の最大の「恥部」だと言えるのではないか。
 ゴーリキィの死の真相が文学史上で堂々と明らかになるには未だ50年、いや100年先かもしれない。







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