韓 丘庸





『百年佳約』のエピソード

 「百年佳約」日本流にいえば、かなり古い人であればともかく、いささか馴染みの薄い言葉ではある。しかし、朝鮮では「百年佳約」は常時使われ、在日の結婚の招待状を出す時のも、また頂く時もよく用いられるし、耳にする用語で、私たちの生活の中ではしっかりと定着している有名な言葉である。
 この言葉がそのまま表題となっている村田喜代子氏の小説「百年佳約」が、長い間東京、中日、北海道の各新聞を初め、河北、神戸新聞等と連載を続けてきて、今回ようやく単行本として講談社から上梓された。
 神戸に朴明子という人がいる。(同姓同名の人もいて、知らない方もいるだろうが、北十字星文学の会で翻訳をやっている人で『私はいつもまわり道」(風媒社)をもつ在日のエッセイスト、舞台役者、神戸のラジオFM yyのパーソナリティとしても多彩な活躍をしている人といえば、あの人のことだ、と思い出す人もいるだろう)
 3年前、この小説が神戸新聞に連載中、彼女が30回分に分載された切り抜きをわたしに寄越した。私はこの小説の挿絵を担当している堀越千秋に神戸新聞の編集局で顔を合せていて、彼の独特な筆致に興味を持っていたのであるが、いつかこの作品について書く機会があるだろうと、ファイルにして保管していたのである。それがこんなに早く本になるとは思っていなかったから、びっくりするやら嬉しいやらで感激した。朴明子さんにお礼を言いたい。
 この小説は1592~98年豊臣秀吉の侵略による壬辰・丁酉倭乱(文禄・慶長の役)で朝鮮から拉致されてきた陶工たちが、九州の皿山に窯を開いて半世紀が経ったときの話である。竜窯の開祖で十兵衛の妻である「百婆」(朴貞玉)は死神となって、山上の墓から辛島十蔵(張正浩・百婆と十兵衛の長男)一家を見守る。下界では十蔵が息子や娘の嫁とりや婿とりに余念がない。同族間での結婚で身内を固めるか、「倭」(日本人)との結婚で新しく渡来人の将来を展望するかの瀬戸際に立たされ、百婆は夫婦の<百年佳約>に向けて東奔西走する。
 今でも朝鮮・韓国人との国際結婚のこだわりは在日3世、4世の時代に入っても依然として持ち続けており、その有態は徐々にそして確実に変質しつすあり、それが趨勢になりつつある。
 増してや、今から4百年以上も前の日本の国情を考えれば、その厳しさは推して知るものがあろう。薩摩の沈寿官、佐賀の李参平、その他熊本、大分、宮崎、愛媛などの焼き物を見て、改めて自分の故郷を遠く離れて、この客地に骨を埋めた先達の偉大さに頭が下がる。
 尚、伊丹市で山本真理子氏の主催する児童文学同好会「こてまり」が20年を迎え、この度の会誌20号に松浦信子さんが160枚の中篇「想国白磁」を掲載している。肥前平戸藩の中村祥右衛門(韓明善)が率いる祥窯の厳しい歴史は、まさにキリシタンの弾圧ととの相似性の中で、堅固に守られてきた証しとして、在日現代社会に大きな示唆を与え興味深い。
 今後時間が許せば、会員の中でこの作品を「和文朝訳」で挑戦してみたらどうであろうか?二層三層に自分の実力を発揮するいいチャンスが到来したのではないかと思われる。



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