韓 丘庸





『新暗行御史』(SHIN-ANGYO-ONSHI)

 いにしえの国、聚慎(ジュシン)。そこには辺境の地を旅し、
 悪行の苦しみから、民を救う命を受けた
 王直属の官吏がいたという・・・・・・
 人は彼らのことを、「暗行御史(アメンオサ)と呼んだ  


 <SUNDAY GX COMICS>の『新暗行御史』(現在全8巻) の冒頭では必ずこのように前置きしている。
 主人公の「幻の暗行御史」朴文秀(パクムンス)は、幽玄兵士を操り、究極の三馬牌を武器に、混沌のこの世を救済するため君臨する。それは無類の強さと、冷徹なまでに研ぎすまされた未来への「展望」(自論)を持った救世主でもあるが、その反面、謎の呪いに身体を蝕まれ、時には呼吸困難に陥る。(呼吸器は持っている)。
 また女主人公としては、亡き恋人の意志を継ぎ、暗行御史の護衛となる魅力ある美しいすご腕の女剣士「山道(サン
ド)」(本名は成春香(ソンチュニャン))がいる。この「山道」の前で文秀は最高の強がりとつっぱりを見せながらも、軟弱な醜態を見せ、心のどこかでしっかり彼女を意識している。この二人を中心にストーリーは展開する。
 周知の通り「暗行御史」は、朝鮮朝時代に王の命を受けて身分を隠し、地方の民政を監察、不正をあばくれっきとした役職である。この「暗行御史」については、歴史家はもちろんのこと、民俗学者や文学者によって史実として紹介されるのが常套であるが、実際の具体的な野談として漫画やアニメに登場することは極く稀であった。ましてやこれを現代風にアレンジしたものは皆無である。1992年に皇(すめらぎ)なつきが漫画『李朝・暗行記』(角川書店・刊)で暗行御史を美しい筆致で描いたが、これは日本の劇画界では異質なものであった。
 この度『新暗行御史』(原作・尹仁哲、作画・梁慶一、翻訳協力・岡崎学、張綜哲)(小学館’01~’04刊)が出版されて「幻の暗行御史」として登場、新たに脚光を浴びた。恐らく読者は、李朝の末裔を思わせる彼の大活劇に胸おどらされるであろう。
 日本の姥捨山伝説に類似した「孝嶺葬」、北方の女真族の侵略を撃破する「予刃族の襲撃」、春香伝をモデルに「山道」を生み出した「新春香伝」「房子伝」等、どのセクション一つを取り挙げてみても歴史的人物が巧みに現代風にアレンジされており、圧倒的な画力と予測不可能なダークファンタジー・アクションに脱帽せざるを得ない。殊に、シビアな「文
秀」を常にはらはらしながら慈愛に満ちた美しい瞳で見守り、時には極限で文秀を救済する「山道」の姿は、まさに朝鮮の母の情であり、恋人の情であり、説得力がある。
 その他、この二人をバックアップする「白虎」出身の棒術師「乙巴素(ウルパソ)」、「花郎」出身の剣士「元述(ウォンス
ル)」、聚慎最高の女魔法使い「元暁(ウォンヒョ)」、文秀の仇敵「阿志泰(アジテ)」、女暗行御史「ミス・黄(ファン)」等々、個性豊かな登場人物には事欠かない。 
 こうしたキャラクターの出現は、韓国の劇画界が一層飛躍する豊穣な素地を持ち合わせていることを意味するだけでなく、一大スペクタクルとしての「新暗行御史」は、即ち現代社会の汚濁を浄化する大使命を帯びたヒーローの登場と言えるかも知れない。

 尚、最近の文学書として中内かなみの『李朝・暗行御史霊遊記』(角川書店、’02刊)との併読をすすめたい。

            * 『新暗行御史』(全8巻) 小学館’01~’04刊、定価:各巻¥552+税



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