韓 丘庸





文学には国境はないが、文学者には祖国がある(Ⅰ)
李芳世詩集『こどもになったハンメ』を読む


   李芳世(全義李氏)。詩人。1949年に神戸に生まれる。朝鮮大学文学部卒。朝鮮総聯傘下の在日本朝鮮文学芸術家同盟大阪支部に所属、支部副委員長。中距離トラックの運転手。本籍、慶尚北道安東郡月谷面九竜洞。現在、大阪市東淀川区三国在住。54歳。  私の頭の舞台裏を覗くと、単純に、彼の自画像は以上のようになる。 その他「長身」「眼鏡」「酒飲み」「涙脆い」「笑顔」「スーツの似合う男」「女子商か女子大の先生にしたらいいキャラクターになれる」等々。しかしだからと言って、この程度のプロフィールからは彼の全体像はなかなか見えてこない。見事に不透明である。  長年の付き合いの中で、年に一二回は気紛れに会う機会もあり、手紙や資料などを寄越したりするが、彼の姿が良く見えてこない。それは何なのだろうか。  彼は不恩議な雰囲気をもつ男である。一見オーソドックスに見えるが、そうではない。本来はリズミカルで、常にユーモアを湛え、饒舌で、個性豊かな資質を湊ませている。何時も飄々とした中に「自然」を思いやる暖かい瞳、感受性の強い目線と堅固な意思の持ち主である。 在目朝鮮人文学の中の児童文学者として、児童詩・少年詩分野では、彼独特な「詩の世界」を 築きつつあるといえるだろう。  彼は、在日の日刊紙「朝鮮新報」をはじめ、文芸同の中央機関誌「文学芸術」、大阪支部の「火種、月刊ミニコミ誌「イオ」など、様々な機関誌にリアリティを感じさせる詩を発表し、朝鮮語でも目本語でも両刀使いの異質な詩人として、貴重な存在になっている。  今まで処女出版としての詩集『白いチョゴリ』を出し、殊に1993年には、詩「目薬」で第4回林秀卿統一文学賞を、昨年出版した『こどもになったハンメ』(遊タイムス杜刊)では'02年度の目本児童文学者協会の特別賞・三越左千夫賞を受賞して脚光を浴びた。  在日の文学の中で、朝鮮語で創作する人は散文よりも韻文を追う文学者が圧倒的に多い。詩が朝鮮人の生活心情を詠うには、より即興的でリズミカルであり波長が合うとは言えるが、三世、四世と世代を追うごとに、言語習得はかなりの困難を極め、母国語による創作は益々遠のいてゆく。そうした中で彼は異色であると書える。まさに「民族教育」を受けたことによる発露として、十二分に創作可能であることを立証してぐれていると言えまいか。  在日を詠みながら「在日同胞不在」の詩が多い中で、権力の届かない路地裏の片隅にひっそり佇む生活風景を詠った詩34篇を自選して出した『こどもになったハンメ』を私は何回も詠み返してみて、その度に一人微笑んだり、涙ぐんだり、怒りが込み上げてきたりした。それは厳しい時代を生きた祖父母や父母、そして今を生きる私たちの世代とオーバーラップさせて自ずと涙ぐむのである。この本はそれ程まさに本音で詠まれた作品であるといえる。  私が鬼籍に入ったら、やはり李芳世は初め驚いて悲しみ、次には泣くだろう。そして最後には笑うに違いない。マイナーで、地味な「在日の児童文学」を必死で追いかけ、不完全燃焼のまま黄泉の星になった「私」を思って悲しむだろう。そしてやがて彼は大きく飛翔して、在日児童文学の旗手になると思う。私はそれを地獄の底で微笑みながら眺めているかもしれない。


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