韓 丘庸





「韓国ミステリー」の課題と展望(1)

  私が春海・方仁根の長編小説「魔都の香火」を読んだのは、今から50年前の大学一回生の時であった。
 これは今風で言えばミステリーとサスペンスがらみの恋愛もので、もちろん旧字体の綴字法で記述された本であっが、私はこれを亡くなった母に読んで闘かせたり、 また、面白おかしく解説したりして、一緒にわくわくしながら目を輝やかせたものである。
 まだ韓国の文学界では、「ミステリー」とか「推理小説」とかの呼称は無く、一部で探偵冒険小説などと呼ばれていた。
 この小説は日帝の朝鮮植民地時代の1934年9月22口に永昌書館(京城府鍾路)から刊行されたもので、私にとって朝鮮の現代文学を学ぶ大きな契機になった好材料で あるだけでなく、この本の発行日が奇しくも私の生まれた日、即ちかの有名な「室戸台風」が近畿を直撃して、3036人の死者を出した日と全く同じであったことにも驚かされた。
 方仁根は本来はミステリー作家ではないが、この「魔都の香火」だけは「殺人」と「推理」で人気を博した新聞小説で、当時としては異質であった。
 1930年代は江戸川乱歩の影響を強く受けた「変格派探偵冒険小説家」として金来成が有名であるが、彼とは同じ「大衆文学派」の特異な存在として、方仁根の作品も決して遜色はないのである。
 殊に日帝の統治下では骨太の文学の創造は益々厳しくなっていく時代であった。探偵小説ば文芸小説として、純文学雑誌の掲載を独占し、長編は自ずと親聞小説の形で発表され、「大衆小説」という概念を植え付けられていった。
 そこには李光沫、金東仁、朴鐘和を中心とした錚々たる作家群の他に方仁根、尹白南などの系列が参加していたが、やがて文学は純粋文学と大衆文学に二分されて流れて行く。
 趙演鉉の「韓国現代文学史」(成文閣・80刊)は618頁を占める大作であるにも拘わらず、方仁根に就いては作者の名前が三文宇記されているだけで、それ以外には一言のコメントすらない。
 また同じく金圭泰の「韓国現代文学史」(ソウル・瑞文文庫、447頁)でも「30年代のその他の文人たち」の項に名前の三文字だけがしるされて、金来成についても、「'探偵小説『自仮面』の金来成」とだけある。
 文学とは「純粋文学」主導のみが「文学」であり、それ以外は「大衆文学」としてものの見事に文壇からはじきだされ無視されるものだろうかという思いがするのである。
 それから69年が経遇した今目、方仁根や金来成の長編が、今日改めて韓国のミステリーの源流を成し、文壇史が書き換えられて評価されるようになったことを考えると、世上の進歩と、時代の流れを感じざるを得ない。
 今新しい韓国文学は、より民族的リリシズムを基調にして、より強烈な現実直視をよりどころに世界文学たりえようと努カしている。
 方仁根や、金来成の文学を私たちの新しし遺産として再評価するのに若干の時間が必要ではあるが、「通俗文学」という概念を払拭してグレードアップに努めた功績は大いに歓迎され評価されてもいいのではないだろうか。


Copyright (C) 1997 copyrights.kitajuujiseibungaku All Rights Reserved.